ささいな日常

ただただアウトプットの場として呟く場所。

コンプレックス

私は、私の外見が好きではない。

有難いことに褒められる機会もあるが、なぜかずっと好きになれないのである。

もちろん自分なりの好みのタイプや流行りの顔立ちではない、ということもなくはない。

ただ外見のせいで何か不利益被ったわけでもない。

それなのにコンプレックスとしてずっと乗り越えられないのであった。

 

これはなぜだろう、をずっと考えていた。

一つの答えとして、自分自身が自分を高く見積もっているからだという結論が出た。

ちゃんとすればもっと良くなるのに。今の満足いかない状態を肯定しないで欲しい、というのがきっと本音なんだろう。

自分の理想と現状のギャップが大きく、現状は怠慢が産んでいるだけだった。

そして私は圧倒的に美的センスがない。写真で自分の姿を見ても、いけてないなと思うことが多かった。

美しい人やものを見るのは好きだが、自分がそれを作り上げる感覚や才能を持ち合わせていないということは120%理解していた。

 

それでは満足いく状態とは何なのか。

・自分の外見や年齢、立場に相応しいものを身につける

・好きなものより似合うもの。トータルバランスを優先させる

・カバンの中がきれい、整頓されている

・持ち物や洋服が手入れされている

・ハンカチを持ち歩く

・ハンカチを使う

・毎日化粧水をつける

・毎日髪を乾かす

・朝の準備に15分は使う(現状5分)

・仕事終わりにどこでも行けるような格好をする

 

なんてレベルが低いんだろう。

自己嫌悪に陥りそう。

ちなみに現状はというと、まあまあな都会に通っているが、下手したらジーパンにスニーカーにリュックで行くこともある。

周りはハイブランドショップだらけの街に丸腰で突撃している自覚はある。

服装規定はないので業務的にも問題ないが、何よりも自分が自分を認められない。

 

だから、この基礎さえ当たり前に出来るようになれたら、外見に満足できるかどうかは別として、もう少し自分を好きになれるはず。

まずは出来ることからしっかりと固めていく。

幸福を授かる

時間配分を変える

住む場所を変える

付き合う人を変える

決意を新たにすることが最も無意味。

 

聞いたことがある言葉だったが、あまりピンときていなかった。

 

が、最近無意識に行動は変えていた。

 

たとえば、SNSのミュート機能を活用すること。

なんとなく繋がれている人が多いが、その中でも本当に興味を持てる人だけの情報だけ見たくて、見かけるだけで少しでもダメージを受ける投稿をする人は積極的に遮断した。

投稿する本人は悪いことを書いていない。むしろ一般的に見たら素敵な投稿をしている。

ただ単純に、今の私にはそれを受け止めるだけの元気がないだけだ。その人を否定する気はないし、もちろん嫌いになったわけでもない。

些細なことだが、受動→能動の一歩を踏み出せた気持ちだ。

見たい情報を見るための余力を作れたことで、時間配分が変わりそうだと感じる。

 

私が一番テンションが上がる時間は何かを考えた時に、未来を見ている人と過ごす時間だと分かった。

知識がどれだけあって話が面白くても、それを未来に活かそうとしない人にはワクワクしない。

ともすれば自分の「気」まで吸い取られていく思いになる。

 

反対にそこまで物知りでなかったとしても、未来に目を向けている人のパワーには心惹かれるものがある。

未来を見ている人は、現状自分に足りていないものを身につけようとするので、結果的に好奇心旺盛で多くの知識や経験を持つ印象がある。

 

基本的に私はかなりの飽き性で、安定よりも刺激が好きだ。

新しいアクションを起こし続けないと退化するような気がしてしまい、落ち着かないのだ。

変化のない環境に居続けると、病む。

 

仕事と家は、正直すぐに変えられない。

仕事は考え方ややり方を変えることによって、変化を起こせる可能性がある。もう少しやってみることで得られるメリットもありそうだとも思えている。

家は悩みどころである。この街の居心地は良くないが、物件の綺麗さや立地の良さは申し分ない。

住居を変えるにはまだ時期尚早だと感じる。

 

時間配分と付き合う人は変える余地がありそうだ。

特に付き合う人は変えていきたい。

未来を見る

振り返りばかりすると辛くなってきた。

せめて今だけは絵空事でもいいから、明るい未来を見たい。

 

◆よかったこと

・生理的に無理寄りの人でも、中身を知れば好きになれる可能性がある

・今までとは違うタイプの人だった

・気にかけてもらえたことは嬉しかったので、自分も好きなところを見つける努力をした

 

これは大きな収穫だ。

今まで自分のタイプだと思える人にしか心惹かれなかった中で、今後に向けて大きく可能性が広がった。

結果的にうまくいかなかったが、今までと違うパターンができたことは、自分の中では革命レベルの出来事である。

 

◆反省すること

・自分が好きだからという動機ではなく、いい人でありたいと思い、連絡がきたら必ず返すことを徹底していた(=相手に合わせすぎた)

・おや?と思うタイミングは何度かあったが、相手の気持ちに踏み込むことを怠った

 

ここは大反省で、あと1ヶ月は引きずると思う。

これがいわゆる自分軸のない状態の成れの果てである。今まで何度も失敗しているのに…

でもどこかで、このままの状態でも事態は良くなると信じたい気持ちもあった。

 

だが蓋を開けたらこうだ。

今までの自分の弱点を放置したせいで、相手に漬け込まれると気付いて本当に許せない気持ちになったし、何で無駄な時間だったんだろうと大後悔した。

 

絶対に自分のことは自分で主導権を握らなければいけない。

誰かに支配されてはならない。

 

◆今後行うこと

・気分が乗らない時は無理に人付き合いしない

・舐められたり甘えられたりと、いつでも相手してもらえる人間と思われてそうなら、すかさず距離を置く

・そもそも疲れている中で自分を犠牲にしてまでだらだらと人と一緒にいない

・自分の健康と美を最優先にする

 

いかんせん自分の疲れに気付きづらい。

人より体力も精神力もないことが恥ずかしいと潜在的に思っている。

だがもういい大人なので、自分の限界値を正しく知る必要があるし、分かるまではまず8割くらいを限度にして設定しておかないといけない。

 

嫌なことをはっきりと嫌と言うまでは時間がかかりそうだから、まずは角が立たない言葉を覚え、自分のマイナスになりそうな領域から逃げることを優先する。

 

何よりも自分が元気であることが第一。

もう少しわがままに生きる。

 

麻薬の成分

1日中不細工な自分だったことがとても許せなかった。

もうこんなに泣き腫らす日は絶対に迎えたくない。

自分の顔を見てそう誓った日。

 

さて、同じ過ちを繰り返さないためにも、もう少し棚卸しをしたい。

好きだったところ、好きになれたところは何か。再度書き出してみる。

自分の理想条件を塗り替えるためにも言葉にしておきたい。

 

・くだらないことで笑い合えるところ

・物知りなところ

・真面目の基準が合うところ

・多少雑なところ

・いつでも連絡出来たところ

・好奇心旺盛なところ

 

うーん、意外と少ないし、ふわっとしてるな。

 

では合わなかったところはどこか。客観的に見たい。

・私が若干失礼だなと思う内容をネタにする

・子供だなと思う対応がある

・私の都合は気にしない

・私が喜ぶことをしようとしない

・そもそも私の顔が好きじゃない

・私も相手の顔が好きじゃない

・何となく信用しきれない感

・万人に優しいが一本筋がないように見える

・未来よりも過去の話ばかり

・自分の話ばかりする

 

たくさんでてきた。

 

何故今回こんなにダメージを受けているかと言うと、合わなかったところは自分のコンプレックスと似ている部分が多いからだ。

特に、一本筋がないというところは、私の弱点でもあるので、自分の弱点を書いているようでつらくて涙が出そうになった。

 

相手に選ばれなかった悲しみよりも、

自分自身に思う嫌なところを相手の性格を通じて直視せざるを得ないことがとにかく辛かったのである。

 

残念なことに自分に甘いところも似ていた。

お互いがお互いを思って励まし合うというよりか、自分の甘さから目を逸らすための傷の舐め合いでしかなかった。

それも、充分わかっていた。自分で自分を肯定する強さを身につけることから、逃げ続けた結果だ。

 

ずっとここを考えていた。なぜこうなってしまうのかと。

 

まず、仕事の影響は大きい。

基本的に私は新たな業務を断らない。

新しいことをやることで自分の可能性が広がると思っているためである。

それで良かったと思うこともあるが、失敗したと思うことも同じくらいある。

よくあるダメなパターンは、抱え込みすぎて全て回らなくなることだ。

それがわかっているのに、断らない。

 

いや、断れないが正しいのかもしれない。

いい人だと思われたくて。

何でもできる人だと思われたくて。

自分の限界値を気にせず、ただのイエスマンに成り下がっていた。

 

最近はハラスメントも厳しい。

指摘や怒りを伝えるにしても、感情任せではなく言葉を選びながら行わなければいけない。

本心をなかなか言えない環境も拍車をかけた。

 

そうやって損をしたことがたくさんあった。

今日は今まで自分がどれだけ損をしたか、ともすればどれだけ搾取されてきたか。

そこに対する後悔の念が一番強く押し寄せた1日だった。

 

これからは絶対に搾取されたくない。

今日の決意はこれだ。

 

 

 

居心地の良さとは

好きな人から認められることは嬉しいが、居心地の良さとはまた違う。恋愛は麻薬だ。人を狂わせる。

 

私が本心で望んでいるのは、寂しさの埋め合わせの時間では無い。

温泉に浸かったりマッサージを受けたりするような、体がじわりと温まる心地よさがある時間だ。

そんな感覚を味わえる機会がめっきり減ってしまい、日常の充足感が減っていて、失敗したことは確かだ。

そこに対して目を向けることもしていなかった。これは反省である。したがって恥を忍んで晒していく。

 

私の居心地が良い時間とは。

・気の遣い方の相性が合う人といる時

・笑いのツボが合う人と話す時

・私の本心を受け止めてくれる人と話す時

・未来を見ている人から道を指し示してもらえる時

・得意なことを活かせている時

・自分の長所を活かしながら、自分にない長所を持っている人と協力し合い、何か一つの物事を完成させることができた時

 

どうも、自分自身が自分を認められていないように思える。元々持っている素質を認めて欲しいと言う欲求が強いように感じた。

 

昔からよく感じていた、誰といてもどこにいても何だか孤独だなと思う感覚。

これを埋めてくれる人を異性に求めがちだという自覚はあった。

 

傷の在り方

「分からない」ことが私の苦悩を深くする。

今回負った傷はどこから来ているのか、正直明確でない。

 

いま思い当たる限りだと

・ルーティンにしていた日々の連絡がなくなり単純に寂しい

・暇な時気軽に話せる唯一の人物がいなくなり共感者を失った思い

・私のコンプレックスを良いと言ってくれる人がいなくなった

・私なりに望む条件が良かったから手放したくなかった(生育環境や収入面など)

・私の話を笑って聞いてくれていた

・言葉の使い方や表現力が好きだった

 

それっぽく書いているが、文字にすると大したことなさすぎるし、自分の傲慢さも露呈して我ながら笑ってしまう。

しかし悲しく寂しいことは事実なので仕方なく晒す。恥ずかしいことに変わりはないが。

 

冷静に考えれば良いことばかりでもなかった。

束の間の幸せを感じる一方で、下記のことを感じていたことも事実だ。

・相手の見た目は大幅にタイプから外れており、後一歩間違えれば気持ち悪いと感じる外見だった

・私の望むことは相手に尊重されないと感じていた

・その度に少しずつ自分がすり減る思いをした

・体調崩しがちになり私の顔色も悪くなった

・2人の関係性における不安定さをどことなく感じていた

・よって未来は見えなかった

 

幸せと同じくらい、何ならちょっとそれよりも多いレベルで嫌なことも多かった。

見る人が見れば確実に断ち切る相手ということは、すぐ分かるだろう。

 

こういうとき、自分を大切にしよう、とよく言われる。

悪い関係をだらだら続けているときは、大抵恋愛以外の生活環境に満足いっていないことが多いことも経験上理解している。

 

足りないことと今の自分にあるものは何だろうか。そこをもう少し深め、今後に活かす材料を整理する必要がある。

今日

今日は、ある一つの物事に終わりを迎えた記念すべき日。

わかりやすく言えば失恋。

言い換えると精神の一時的な死。

 

愛を注いだ/注いでくれた大切な人や家族同然のペットや恩師との、突然の別れ。

形は違えど、きっと多くの人が一度は経験しているはずだ。

30年以上生きていても、私は別れというものにひどく恐れを成し、毎度毎度多くの人に助けを乞い、その都度深く落ち込む。

 

傷ついた分優しくなれると言うけれど、本当にそうなんだろうか?

私はただただ傷つくことから身を護り、多くの壁を作っているだけでは無いか。

どんどん自分に焦点を当て。優しい人からの「そんなことないよ」の言葉を待ち。結果的に自分本位な考えが強くなる一方で。

これは、私が望んだ私の未来なんだろうか。

 

失恋なんて文字にしたら大したことない話だ。

同世代の人から嗤われてもおかしくない。

自分はなんて小さくて繊細で、恥ずかしい存在なんだろう。

そんなことでうじうじ思い悩み、また自己嫌悪に陥る日々。

 

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精神の一時的な死。

ポジティブに言えば生まれ変わりのチャンス。

 

こんなボロボロな状態でも、私はまだ未来を信じたい。

同じ失敗をして同じ傷を負うことは、もう止めたい。

そのためにも言葉の力が必要だった。

思考をとにかく外に逃す作業と時間。

傷つき、かよわく、何者でもない自分を正しく受け容れるために、私にはアウトプットが必要だと気付いた。

長い(はずの)人生。一時的な死であれば、生きている間に転生できるチャンスがあるなんて、とてもラッキーではないか。

 

今日のことを、私自身が笑い飛ばし、自分を作り上げた1日としていつか愛でられるようになるためにも。

決意表明をここに記す。

そして、インターネットの匿名性を借り、恥を忍んでありのままを晒していく。

 

私は私の手で、幸せを作る。